25cm口径反射望遠鏡「銀次の部屋」IV 兼 亀田 滋のHP:掲示板のコーナー3

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本記事の限定公開を解除しました。

(本記事は限定公開記事にしていましたが、職務環境も変わり、2011/05/25付で一般公開に切り換えました。)

近いうち、一人の男のルーツを探る旅に同行させて貰うか、という話が取り巻きの中で出ています。
大阪生まれ大阪育ちの私自身には「田舎」というものがなく、ルーツもはっきりしていますから、そういう「自分の魂が生れ落ちた場所を確認する」体験に新鮮味がないので、漠然とした憧れは以前からありました。
人生に迷ったとき、生まれ育った古い長屋を散策したり、墓参りで先祖に問う、その様式まで自分でもうここ10年以上決めている私には、そこが未知数なのは正直、羨ましい行動だと感じます。なのでその話が出たとき、異常に腰が重い柄にもなく、同行してもいいなあと思いました。

会社を定年で辞めて、自分の立ち位置が変わったことを実感した瞬間まで気づかない(それ以降も気づかない人も居ます)遅い人もあれば、早い人で30代前後、「自分は何ゆえ、ここに存在するのか」という命題に再度行き当たります。
10代にもこの命題には一旦遭遇します。大抵はその時点で、自分の可能性がまだ大きく残されていることもあって、発展途上ながら「将来の夢を追うために」などと、前向きな目標とともに、その命題を一旦見極めたつもりで居ます。

それから早い人で10年、遅い人で40年ほど、いつしか夢を達成したか、夢と違う世界を生きて、夢そのものが希薄な存在になったか、その「一旦棚上げ」が無効になった時点で、更にもう1つの要素が加わった時に、この命題に再び向き合うことになります。

そのもう1つの要素というのは、周囲に「あなたは大丈夫」「あなたを信じている」「あなたは素晴らしい」と自分を肯定してくれる存在が徐々に希薄になって、むしろ社会のいろんなことが自分の逆風に感じるようになって来ることです。若い頃は(私は不幸にしてそうではありませんでしたが)まず親が自分を肯定してくれます。頑張れば成績表など肯定的な結果が自分の自尊心を支えてくれたりします。学業が思わしくなかった人も、何か自分の得意技の世界で「オマエは凄い」と言って肯定してくれる取り巻きが居たのではないでしょうか。

人生、先が見えたな、と思った瞬間から、特に男は孤独を強く感じるようになります。
もうこれで終わりと変わらないのか、何か新しいことがもう始まらないのか、と思ったときに、例えばその傍らに「そんなことないわよ」と言ってくれる伴侶なり大事な人が居たら、それで既にその人はその人との関係性を通して、自分の立ち位置を確認できます。

でもそういう人もいろいろな事情で居なくなって行くのです。例えば管理職となって、周囲との間合いが今までと違ってきた、とか、日本の夫婦固有のよくある醒めた事情とか....。

器用貧乏の典型である私のような人間は、それが世界に問うほどの立派な成果につながらなくとも、その小器用な世界を披露することで、かりそめの「自分が存在する理由の確認」を味わった気になれたりもします。
でもそれは特殊なケースと言えましょう。そのため「自分の立ち位置」を確認する衝動は増えていくのが普通です。何か全く今までと違った世界に没入して、それを探そうとする人も居ます。それがうまく行くかどうかの保証は全くありませんが。
自分のルーツを探る、それもそのような「自分の立ち位置を確認する」ための典型的な衝動の1つではないかと思います。

「過去の誰のどんな想念に支えられて自分が在り、この先、自分は何を支えていくために、何を為し得るために、ここに在るのか」。職場や家庭、周囲から自分が孤独を感じたとき、この回答は自分の周囲に聞く自由はもう既に無くなっています。そのため、自分でそれを探しに出ようとされる人も少なくないのです。冒頭、羨ましいと書いたのはこの点です。
これを確認することで、現存する周囲に例え自分を肯定する人間が少なくなったとしても、過去と未来をつなぐ連環の中に自分を置くイメージが確固として出来上がり、「自分は1人で存在しているのではない」という想いが自分自身を支えてくれて、それが周囲への接し方の上での良い変化や、ひいては社会生活全般へのゆとりとなって行くことでしょう。

この話はまた実行段階に続きを書こうと思います。まあその顛末によっては、顔出し無し&匿名記事でも掲載許可が出ないかもしれませんが....(^^)。
現在、その行程を計画中とのことで、私はただ傍観のためにその行程に沿って同行を考えています。
一人の男が「自分の魂が生れ落ちた場所を確認」して感動する横顔を見ているのは、きっと普通の旅行では得られない素敵な体験になるのではないか、という期待からです。

しかし....その行程がいけません。本日、その計画中の行程を知らせて貰ったのですが、私が予想外に参加するということで、私が見知らぬ土地で飽きないよう、B級グルメ記事などを時折書いている私にも意義深い行程になるように、あちこち名所や旨い処など、かなりの時間と移動距離を使ってあれこれ押さえるように考えて貰っていて、肝心のルーツ探索、事情あって町役場などでいろいろ調査・照会をかける必要があるとのことを聞いていますのに、それに当てられる時間はたかだか3時間程度....。

それでは何のために行くのか分かりませんね。こういう旅に「総花志向」はいけません。地味でも「一点集中」でないと。
観光地や旨いものは、格安バスツアーでも体験できます。一人の男が感動して、例えば涙するその横顔を微笑ましく見守る、そんな体験はなかなかできるものではありませんし、それが参加の動機だったのでした。
もっと事前に現地の役所などとの連携打診をとったり、当日十分な時間をかけて、それが長い探索の最初の試みの段階に留まったとしても、次につながる充分な手応えを感じる計画になっていなければなりません。

明日、行程計画の変更を薦めようと思っています。



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テーマ:旅行の計画 - ジャンル:旅行

  1. 2009/07/29(水) |
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プロフィール

亀田 滋

Author:亀田 滋
1996年にプロトタイプ公開で始まった「亀田 滋のホームページ」でご好評の「25cm口径反射望遠鏡『銀次』の部屋」(2008/10現在HP全体で12万5000超アクセス)と、掲示板のコーナー1、2(2008/10現在通算26万超アクセス)の続きはこちらで!

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