25cm口径反射望遠鏡「銀次の部屋」IV 兼 亀田 滋のHP:掲示板のコーナー3

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ついでに。

「Tales from Topographic Oceans」、世界でダブル・プラチナ(2千万枚)のセールスを記録した1974年のYESの1つのピーク作品です。日本では難解がゆえにか無視され、その1つ手前の「Close To The Edge」が最高傑作とよく言われています。
この差は逆に当時の英語圏の軽音楽の知的文化水準の高さ(逆に国内の低さ)を表したものと、私は常々考えています。

その「Tales from Topographic Oceans」は「海洋地形学の物語」と邦訳されています。
恐縮ですが、70年代の洋楽関係者の知的水準の低さを顕著に表している例と言えましょう。
「Topographic」が「Oceans」にかかるのです。前が形容詞で後ろが名詞です。そんなこと、中学生でも分かりますね。
「幾何学的な海からのお話」と訳するところでしょう。歌詞の世界もそのニュアンスです。
何なんだ。「海洋地形学」って。訳に詰まって勝手に学問を捏造するなって....(^^;)。

PinkFloydの「Eclipse」を「狂気日蝕」などと訳した当時の洋楽関連者の知的水準と同一です。
(そもそもアルバム名「The Dark Side Of The Moon」が「狂気」ですしね。「月」→「Lunatic」→「気のふれた」的な安易な連想とこけおどしでしょうか。)
この時代、ロックはこけおどしではなく、「知的反抗」が精神の主軸にありました。(当時の洋画同様、ベトナム戦争反対運動などへの反体制運動への敗北の虚無感など、いろいろな社会背景を反映したものでもあったのです。)
60年代にいくら騒音上げて「気に入らないものはぶっ飛ばせ」とアップボルテージ一辺倒で反抗を表現しようとも、上の世代から「所詮子供の戯言。技術も精神もジャズやクラシックに比肩するものではない。」と鼻で笑われたような扱いに留まった最大反撃が、「知的にも上の世代を鼻で笑える」ことだったのでしょう。技術的にも水準が上がり、表現する内容も逆に「ジャズやクラシックの悪趣味を笑う」かのような「高邁で前人未到の概念を謳う」みたいなところを非常にこだわった世界があったのでした。

邦訳を見る限り、その空気を当時の国内の洋楽関係者やリスナーは全く理解同調していませんね。
まあ仕方がないです。そんな国ですから(^^;)。国内ではその難解な洋楽の傾向についていかなかった層が「四畳半フォーク」に流れて行きました。
今も覚えていますが、オリコン・チャートの10位にPinkFloydの「Atom Heart Mother(原子心母)」があって、9位に浅田○代子が来るような、そんな当時の世相でしたから(^^;)。まあ種々雑多聞かれるのは、今みたいな「好みまで右倣え右」時代よりまだましかもしれませんが。

今も「プログレッシブロック」を語るとき、上記の視線が欠け過ぎている、とよく感じることがあります。
音楽作品は絵画や映画、小説同様、精神を表現したものですから、その精神を抜きに技術がどうとか語っても何か「産湯を捨てるために赤子まで流した」論議に感じてしまいます。
勿論、当時から現在に至るまで、国内の音楽にその精神性を感じたことは全くありません。

YESといえば80年代初頭のTVK(TV神奈川)製作の似非「MTV japan」(今はケーブルTVなどで海外版、国内版のMTVが観れますね)のVJをやっておられたセーラ・ロウエルさん、番組オンエア中に「My Fabolite Bandはなんてったって、YES!」...カッコよかったです。
トップモデルからVJの先駆けとなった才色兼備な当時の憧れの存在が、高尚で難攻不落な概念を含む作品が多数あるYESを最もお気に入りとは....。バイリンガルでしたので、勿論、歌詞は原語のまま鑑賞されてのことでしょう。ネイティブのアーティストからも「何を言いたいのか結局分からなかった」と言われがちな、Jon Andersonの歌詞をダイレクトに味わっての....カッコよすぎます。そんな女性、唯一無二でもう現れないでしょうね....あ、現れても特にご縁ができる訳でないし....(ここで脱線終了^^;)。


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テーマ:洋楽 - ジャンル:音楽

  1. 2009/05/02(土) |
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某SNSの某音楽コミュニティで。

某SNSの某音楽コミュニティで「YESでどのアルバムが一番好き?」のトピックへ書き込んだ内容です。いずれそちらは多くの書き込みに埋没してしまうのでしょうから、駄文長文(そうそうそれを駄長[ダチョウ]文と本サイトでは一時期言ってましたね^^)ながら折角ですので、ここに転記保存します。
本サイトをご覧頂いている方々には、何を意味する文章かも分からないかもしれませんが、どうぞご容赦下さい。音楽も依然、私という人格を形成する重要な骨格要素の1つなのであります。

(某SNSに書き込んだ内容の控)---

「Tales from Topographic Oceans」は足掛け20年以上、何度もトライして駄目でしたが、2年前ほどにようやく感動できるようになり、それから飽きずに毎日感涙しつつ聴いています。今では特に第2曲「The Remembering High The Memory」はYESで一番好きです。
最後のボーカルが戻ってくる直前のギターソロ、今なら大合唱隊を安易に加えて更に大げさな厚みを加えてしまいそうな、ボーカル終了直後のギターとキーボードのアンサンブル、たまりません。その最後の歌詞に、職務やいろいろなことで辛かった日々、どれだけ感涙と励みを貰ったことでしょう。

第1曲が最終版ではラスト近くの取ってつけたようなキーボードソロだけ前ノリで、何だかそのソロも古臭い印象なのと、最初に出てきた歌のピークが最後に大げさに仕立てられてクライマックスになるのか?という予想が最初に聞いたときに分かってしまい(ギターの駆け降りフレーズまで予想できた)、「そんなプログレってどうよ」とずっとなじめずに20年くらい、何度も聞いてはほぼ「聞かず嫌い」で来たこのアルバムでしたが、第2曲、第4曲にようやくなじんで来た頃にちょうど、紙ジャケ版のCDが出て、そこに第1曲の練習テイクが収録されていて、積年のモヤモヤが解決しました。
第1曲のラストのキーボードソロの手前にはテンポの前ノリへのチェンジの後、長い助走部分があって、その頂上にあのソロがあったんですね。
そうすると周囲とも非常になじみ、ラストの歌のクライマックスもその頂上越えの後の更にピークなので(最終版はその歌のクライマックスしか全体の頂上感がない)違和感がない感じです。今ではその助走部分を切り取って最終版に挿入編集したものを日々聞いています。

第3曲も第4曲も好きですよ。第4曲のラストで「地中から地上に出たと思ったら異文化(恐らく当時の認識では「未開民族のるつぼ」みたいな表現だったのでは?)の世界から抜け出られない状態からの大カタストロフも抜け、ようやく穏やかな海洋を家路に」という感じの映画サウンドトラックのような展開、穏やかな海に落ちる夕日の方向に消え行く、家路に向かう船。海を染める夕日が鮮血のように赤いのは、その行く手がハッピーエンドなのか、そうでないのか....それを描く感涙のギターソロ.....こんな作品、どこにありますかって(^^)。

「Close To The Edge」や「Relayer」が「訳が分からずとも勢いに負けてノリで聞けてしまう」(聞き手にとっての)甘さがあるとすれば、この作品はその甘さも拒絶するかのようなところがあり、一見「ほんわかイエスの最高傑作」などと「本当のYESの凄さではない」かのように言われる本作品ですが、「安易な味わい方をかたくなに拒絶する」かのような、厳しさがあり、好き嫌いや評価が分かれるとは思います。が、「YESは何を産むためにこの世に現れたか」を問う時、量的にも質的にも(また当時の売上反響的にも実は最高記録ですね)、私はこの作品以外には無いと思います。

(更に某SNSに書き込み追加)---

先の書き込み、長々すみませんでした...。思い入れが非常に強い作品でして...。勿論、他にも沢山好きな作品はありますよ。
紙ジャケCDに収録されている第3曲の練習テイクには、何と自身の歴史を数年先駆ける、オーケストラヒット音が多用されていますね。
最終版では消えてしまっていますが。Trever Hornプロデュースの専売特許のように思われていたオーケストラヒット音ですが、もうこの時期、しっかり収録されています。デジタル楽器のない当時、どうやってオーケストラヒット音を出せたのでしょう...。Rick Wakemanが立ち上がりの超遅いメロトロンでそれをやった?脅威的です。


テーマ:'70年から'80年の洋楽 - ジャンル:音楽

  1. 2009/05/02(土) |
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未発表に終わった自作曲にうなされて目覚める朝....。

ひとりごとモードです(^^)。折角の前夜の土星像奮闘記事が後ろに送られてしまいますが、何だか書きたくなってしまって....。

昨夜、土星像の後処理を終えて、記事の原稿もほぼ終えてから遅くに寝ました。明け方に何度か目が覚めかけては短い夢を見ていたようです。
現実世界では日々しっくり行かない人がギタリスト(この人は現実世界でもかつてギタリストだったと聞きます。それだけのことで私はいつかその人と音楽家同志分かり合える、などと淡い期待も捨てていません。)をするステージに一緒に上がることになっていて、その人がどんな格好と演出で出てくるのかの事前調整もないまま、それどころか自分が演奏する自作曲の練習も全くできないまま、一緒に演奏する人間の顔ぶれも分からないまま、演奏本番を迎える夢でした。

現実世界では私は人前で楽器を弾けません。異常なまでのアガリ性があるためです。
自作曲は演奏したデータを修正して、客観的な観点で違和感のないように仕上げることができますが、リアルタイムで人前で既公開の自作曲の水準での演奏はできません。

職務でも、同じ理由で予測していなかった事態に、頭真っ白になるような粗相がないよう、対応し得る最高水準にハードル設定の上、人一倍入念な調査と準備を日々心がけます。自分がかく恥だけでは済まされないからです。「もっと難しいことに慣れてしまい、やらねばならないことのハードルを相対的に低くしてしまう」こと、それがアガリ性対策に一番であり唯一の手段だと多くの識者は言いますね。職務では可能なのですが、演奏技術はなかなかそうはいきません。

「そんな無茶な対応、できる訳ないじゃないか.....。」そう思って演奏を始めるのですが、やはり指先が緊張で震えます。やむなく鍵盤から指を離さず力の強弱だけで演奏してみました。自分でも驚くほど意思どおりに指が動き、人前で演奏する快感というものを生まれて初めて感じました。

.....まあそれは夢の話で、現実世界の話ではないのでしたが....(^^;)。

アドリブすら加えた自作曲「化石の森のヴェールに包まれて」のキーボード演奏とボーカルを終えて、安堵したのも束の間、バックのオーケストラが私がその昔、製作を断念した「0212」を演奏し始めました。「そんな段取り聞いてないが....(半泣)。」とそれこそパニック直前になりながら、指揮者がピアノパートの演奏を促すので、仕方なしに記憶のまま演奏を始めました。誰かがボーカルを担当してくれていましたが、スポットライトがまぶし過ぎて、それが誰なのかは分かりませんでした。声質から性別を判断することもできなかったのでした。ただ「ああようやく思い通りにこの曲が日の目を見た」と、しみじみその機会を有難く感じたのを覚えています。この曲に「よかったなあ。自分に能力がなくてずっと日の目を見させることができなかったけれど....。」と語りかける自分が居ました。

.....まあそれも夢の話で、現実世界の話ではないのでしたが....(^^;)。

「0212」....2002年12月に、シンセサイザによるピアノとオーケストラの仮オケと私の仮ボーカル版を仕上げて、当時の音楽ユニットで正式ボーカル版を録音製作に入ったものの、要求される声域が広く、当時のボーカルの声域とも全く合うことがなかったために、正式版の製作を断念し、それが遠因ともなって、徐々に旧作の焼き直しとMP3化を中心とした活動に規模縮小となり、2005年3月には音楽ユニット活動も停止に至ったのでした。

自分が製作を棚上げにした音楽にうなされて目覚める朝.....こんなことを多くの人は体験しないのでしょう。
過去、私の作曲は常にそういう不意打ちで、頭にやってきていたものです。
2003年春にはもうそういう不可解な体験もほとんど私の中ではなくなっていて、古いアイデアを組み合わせるだけのような作業が主体となっていたので、活動にそれほど意義を感じられなくなっていた、というのもありました。
不意打ちで頭に音楽が完成品のように鳴るのを必死でメモに書き写す、なんて体験ばかりすると、それには何か意味がある、と思ってしまいます。私は「自分で楽しむだけではなく世に出さないといけないのではないのか」と長年解釈していました。それは中学の頃からでしたけど、それがもう無くなっていたのでした。

それから小学生時代以来の規模での火星の再接近が2003年夏にあり、小学生時代の趣味だった天体撮影を今の技術で本格再始動する数年が続き、この2年は週末以外は天文も脇に置いて、全く別の興味から自分を修行に追い込む毎日が続いています。作曲を天命と感じる、中学から2003年まで続いた奇妙な使命感は、まるで人ごとのように、私の中では忘れ去られていたものでした。

ところが最近やたら旧作が頭で鳴ります。それも不意打ちばかりです。
今朝の体験はその極め付きのように思えました。何かを考え直す時期が来ているのかもしれません(が、夜中も早朝も昼休みさえも、結構時間を使っており、1日24時間、これ以上再分配はきっと無理だと思います....)。

「0212」はどこにも公開していません。当時のボーカルによる作詞素材2曲分に私が曲の構成と長さに合うよう、大量補作した歌詞がついたオーケストラベースのバラードです。大事な相手を不意に失ってしまった失恋ものかと今まで私はこの作品を捉えていました。自作曲の「夏の光の夢」や「さよなら」「遠い眼差しの人」のように。

ですが、これが「人が語りかける話」ではなく「自分が途中で捨て置いた曲が作曲家としての自分に語りかけてくる話」として捉えてみると、どうなのか、と今朝気付きました。

話がだんだん常人の領域を越してしまってますので(^^;)、このへんでほどほどに....(既に長すぎる)。

ただ作品の断片も何も提示なしに上記を読まれると、それこそ「亀田、大丈夫か....ついにっ(....おいおい何期待してるのか^^;)...。」という感じもしますので、歌詞を添えておきます。でも曲がないと雰囲気分からないですよね....。まあいいか。
曲調は暗い短調ではなくて、「夏の光の夢」や「遠い眼差しの人」と同じく、美しい夕焼けの色が見える、ピアノとストリングスの暖調のバラードです。

あのスポットライトのボーカルは誰だったのだろう...。現実にそういう話があればいいなあ、とは思いますが....。

長い独り言でした。おつきあいありがとうございます(^^)。

「0212」はありませんが「化石の森のヴェールに包まれて」「夏の光の夢」「さよなら」「遠い眼差しの人」の公開URL:http://www.muzie.co.jp/artist/a001386/

---

「0212」(仮称 「あなたが居たからね」 または 「貝になって」 )

涙はあの雲に あずけてしまいたい  
私の居ない何処かで 雨にして降らせて
木枯らしが私の心を さらって往く からっぽになる
枯葉も残らなかった 涙もこぼれなかった

夢から目覚めた世界で 貝になって私は生きる  
密やかに一人 誰の目にも留まらぬように

夢見る頃過ぎた私に ためらいなく笑顔を見せて
一緒なら遅くない と 二人で歩いてくれたよね
凍える冬の海も 嵐の山の険しい細道の中も
夢をつかむために けれど時々私は振り返る 
そこにあなたが居たからね

私は貝になる 一人生きてゆける  
涙はあの雲の中 雨にして降らせて
光が降り注がれた場所 二人で歩いていたかった 
元気で私の横で 居てくれると信じてた

前を向いて歩きなさいと あなたはいつでも言ってたね
振り向いて居たいの 未来にあなたは居ないから
私の時は止まり 想いはあなたが消えたその日のままなの
みんな貝の中に 閉じて密やかに強く生きていく
ここであなたと居るからね  
今もあなたと居るからね


テーマ:作詞・作曲 - ジャンル:音楽

  1. 2009/02/08(日) |
  2. 創作関連
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流石はGoogleですね。(他 自作曲のことなども。)

流石、googleですね。「亀田滋」「ホームページ」などを入力して検索をかけると、新URLや新ブログ関係の情報が優先して表示されるように、もうなってますね。よかった....(^^)。
まだ末端コンテンツページなどは古いURLが検索されますが、やがてこれらも収斂されるでしょう。表紙URLが新しい情報に更新されたことで、これでまた「名前を入れてGoogle検索して貰ったらホームページの沢山のコンテンツに行き着きます。」と言える状態になってきました。
悪夢よ、さらばですね(というか、もう結構理不尽なゴタゴタを忘れかけておりました....^^;)。

その一方、ホームページ表紙のバナーからリンクしております「厳選作曲作品集」のコーナー(musieさんへ登録・公開している自作曲のページ)の曲ごとのダウンロードカウンタが無くなってました。意識して追いかけていたのは、ホームページ表紙に記述が残っている通り、2008/07時点で「Eclipse」が3670回で、それ以降は分からない訳ですね。

http://www.muzie.co.jp/artist/a001386


まあ公開から年月が経っており、数値と人気度合いが分からない状態になっている、との指摘でもあったのかもしれません。他との競争でなく、自身がどれだけ良い作品を世に問えるか、ということが重要だと思うのですが、若く才気に溢れる勢いのある人達は、周囲のことばかりが気になるのかも知れませんね。

まあ身に余るダウンロード回数を頂いた満足は今もあります。知らない人のところにそれだけの数、作品が旅立っているということなのですから、何だか不思議な感慨があります。公開初期の頃などはまだ公衆回線も多く残っていて、1曲のダウンロードに恐らく45分以上かかった筈だと思えば(今は1分くらいですかね。それに接続時間で課金されることもありません。)、改めて当時のファンの方々に、ここで感謝したい気持ちです。

「掲示板1」時代のように、時々音楽の話もまたここでしますかな....。昔ほど音楽に対して創作者ゆえの自他への厳しい見解も、もうあんまり言わないと思いますし....(論議の都度、当時のご常連様に去って行かれた苦い経験もございます....^^;)。

最近、弊ブログ、弊ホームページに来られた方々は、是非、この機会に何曲かダウンロードして、お試しになってくださると幸甚です。

好評を博した「Eclipse」「杏の花舞う その雪色の花びら」、ボーカル入れに苦労した「さよなら」「化石の森のヴェールに包まれて」「遠い眼差しの人」「夏の光の夢」....。中1の時に初稿をメモにしたものの楽譜化できず後年仕上げた「天国の門」...同様に高3のときに数分で完全にメモに纏めたものを後年そのまま仕上げた「愛の夢」...。過労で倒れた後、もう復職できないという想いの中で仕上げた大曲に後で当時を振り返って歌詞をつけた「楽園追放」....一転肩の力を抜いた晩作「ママね...。」、事実上公開版としては絶筆となった「歌がある限り」...。その他、そこにある全て(ボーカルピッチ修正版のあるものは、そちらをお聞きになったほうがよろしいです^^)は、私の膨大な作品の一部で、どれも思い入れのある「自分の子」のような作品です。

実はこの他にも「RPOT(Red Pendulum Out Takes)」という「2軍作品集」の公開を始めていた動き(多忙により途中で放置してしまいましたが)もありました。そちらには活動停止までに新しい録音テイクを作るに至らなかった作品について、古い時代の録音テイクのまま公開しています。ご興味ございましたら、併せてどうぞ(^^)/。(ただしボーカルものはあまりに無加工で、ヘッドホン必須であります....。要注意。)

http://www.muzie.co.jp/artist/a054899

テーマ:音楽 - ジャンル:音楽

  1. 2009/01/12(月) |
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プロフィール

亀田 滋

Author:亀田 滋
1996年にプロトタイプ公開で始まった「亀田 滋のホームページ」でご好評の「25cm口径反射望遠鏡『銀次』の部屋」(2008/10現在HP全体で12万5000超アクセス)と、掲示板のコーナー1、2(2008/10現在通算26万超アクセス)の続きはこちらで!

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